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このサッシを初めてみた時の驚きは、今でも はっきり思い出せるくらい強烈だった。 マテーラの駅前は他のイタリアの町となんら変わりはなく、この町のどこにサッシがあるんだろう?と不思議に思うほどだった。

しかし通りを進んでいくと、いきなり目の前 に峡谷が現れ、別世界のようにサッシが広がっていたのである。まるで地の底からポッカ リ出てきたようにそれはあまりにも突然で、あまりにも異様だったので、私は文字通 り言葉を失ってしまった。

土地の痩せたこの地にあって、貧しい農民た ちは岩を削り、重ね、階段状に連なる家を作り始めた。電気も水もままならぬ 環境の中で、 ほんの数十年前までも人が住んでいたという。 今は無人化したサッシは、魂の抜けたゴーストタウンのように静かで、暗い。頭上には南イタリアの太陽が輝いているというのに…だ

アルベロベッロまで来たなら是非足を伸ばして訪れて欲しいのが、サッシの町マテーラである。

この世界遺産にも指定されている洞窟住居(サッシ)は、アルベロベッロの可愛らしいトゥッリとは天地もの差があるが、この地ならではの歴史を考えさせてくれる貴重な建造物である

中部イタリアだと背後に緑豊かな平野が広がっているところだが、ご覧のように町はずれまで来ると、いきなりこんな険しい渓谷が広がっていて度肝を抜かれる。同じイタリアでも土地の貧富がそのまま人々の貧富に現れてしまった悲しい現実が、荒涼とした風景の中に漂っているようだ。

開け放たれた窓がまるで眼窩のように私を見つめ、横切るネコに思わず悲鳴を上げそうになる。建物の影に入れば、そのまま飲み込まれてしまいそうだ。家をも持てなかった人たちは、山の斜面 をくり抜き文字通りの洞窟住居で暮らしていた(背後の山肌に幾つか穴があるのがわかるでしょうか?)必ずしも楽しい気分で見れたわけではないほど、このサッシは私にとって陰鬱だった。しかし、厳しい自然環境の中で一生懸命生きた人々の姿と歴史を感じられた貴重な体験ができたと思う。

他都市からの移動に便利なバーリを拠点にすれば、アルベロベッロもマテーラも1時間半ほどで訪れることができる。風光明媚な観光地ばかりがイタリアではないことを、マテーラに行って感じてみて欲しい。